能登の希望を紡ぐ銀杏(ぎんなん)

能登の「銀杏(ぎんなん)」希望を紡ぐ! うまい!
能登半島の先端にある珠洲市、24年元旦に襲った地震と豪雨のダブル被災により土砂崩れにより農道が寸断されて通行できない状態がつづく畑で、珠洲市高屋町の農家さんが栽培した銀杏を購入して復興を支えたい!

日本中が被災したかもしれない

自然災害である地震・津波被害、気候変動の影響によって引き起こされる人災ともいえる豪雨や土砂災害等。
2024年、地震による被害の復興が進まない状況下の中この2重の被害と苦しみを強いられた能登半島の人々、しかし過去にここで起こったことから想像するに、被害はこれだけでとどまらず、東日本大震災での福島第一原発事故を上回る規模での甚大な被害を引き起こすことになったのかもしれないのです。

約30年にも及ぶ運動

2003年末、石川県に計画されていた珠洲原発が約30年におよぶ住民・市民運動の成果によって白紙撤回された。(28年間の運動の後29年目にしてこの計画は凍結された)
もし、あのまま能登半島の先端に原発が建設されていたら、と珠洲での原発阻止運動を知る者たちはそう思ったはずだ!
原発を跳ね返した能登の人々、多くの方々が、一刻も早く日常を取り戻せることを願いつつ「もしあの地で原発が建っていて能登を襲った地震により崩壊していたら、日本は終わっていたと僕は思う…。写真24年6月撮影

珠洲市で起きたことを知ってもらいたい

今から15年ほど前から山口県上関原発建設計画に反対する瀬戸内海の島「祝島」に通っていた私は、その縁で山秋真というノンフィクションライターと出会った。
そして彼女が大学生の頃から珠洲に通い続け、そこでの13年間の出来事、自ら経験したこと等を記したためされた地方自治 原発の代理戦争に揺れた能登半島・珠洲市民の13年」(桂書房)を読み、激しく心を突き動かされたのです。

何とかこの出来事を多くの人々に知ってもらいたい!
そんな思いから山秋さんとのコラボ講演会を企画し、
著作本の紹介も兼ね都内、神奈川での講演会を開催したのです。(元旦の地震で珠洲の人たちを心配して便りをくれた人たちに、あの時の講演会に参加してくれた人も少なくない)

※山秋さんのご著書はエコストアパパラギ店頭でも販売中!
通販サイトからもご購入いただけます。
原発をつくらせない人びと――祝島から未来へ (岩波新書)
ためされた地方自治: 原発の代理戦争にゆれた能登半島・珠洲市民の13年

国策が人の分断を生む

「原発は不正な金品なしでは動かない!」この言葉に象徴されるように一部の既得者(ムラ)の欲望と非科学的な論理のもと暴力的に進められるのが原発計画であり、未曾有の事故が起きてもそこから何も学ばず危険極まりない技術を推し進めようとする暴挙に他ならない。
昨日までの友人、家族親類までも分断させてしまう国策によって破壊されたコミュニティで生き続ける人々の心情察するに余りある。

「語らない」という知恵

元旦のあの日、現地の皆さんの安否を心配しながらも「あ~珠洲に原発出来てなくてよかった…」と、知ってるものは皆そう思った…
しかし、避難先での様子は決してそうではなかったという…いや誰ひとりとして原発を口に出すことはなかったとの事だ。
「語らない」ことが、計画凍結後の地域で分断された人間関係を取りもどすための知恵となっているのだと察する。
能登を訪れた時に直接話を聞き、そこで生き続ける人々の心情を理解し、配慮する必要があることは再認識できた。
もちろん、重要な歴史的事実は封印されてよいはずはない。
ましてや、全国各地での原発や辺野古の基地建設に象徴される軍事計画など、一部の人に押し付けられている現実は国民みんなの問題であり重要な歴史の一部であり、その地に立つと日本が見えるのだ!
外部者の存在意義と役割は、当時の運動への支援だけでなく、記録と継承の過程でこそ大きいのではないかと思う。

銀杏(ぎんなん)の収穫

この銀杏のとれる地、実はこの畑かつての珠洲原発の建設予定地で多くを占めていた「国営農地開発事業」で拓いた畑です。
そして今、その畑への道が寸断されたまま放置され、農業者が顧みられずにいる状況です。
しかも、実はこの銀杏の生産者の方、目がほとんど見えないのです(1m先の人の顔はわかるけれど2m離れると分からないそう)。それでも、豪雨のあと土砂崩れで通れなくなった畑への道をひとりコツコツとユンボで土砂をどけたり土嚢で(崩落箇所の)補修したりしつつ畑まで歩いて少しずつでも収穫してらっしゃるので、少しでも力になれたらと思っています。
何よりうまい!
「こんなうまい銀杏、食べたことなかった!」そう思って食するとおいしさは2倍に広がる!
更には珠洲の人たちを想いながら食べ、友と、家族と、愛する人と分かち合い、語り合いながら食する銀杏のうまさは10倍だ!
能登半島の突端に位置し、海風・風雪厳しい自然状況の中たくましく育った珠洲の銀杏、やっぱり本当にうまい!
エコストアパパラギにて好評販売中!

(以上、文責:武本匡弘)


◇保存について
高温多湿、直射日光を避けて保存してください。

◇召し上がり方
生の状態ですので調理してお召し上がりください。
殻を割った状態で封筒などに入れ電子レンジで加熱、また殻を剥き炒って少々の塩を振るなどがよく紹介されています。

◇召し上がる量について
銀杏は食べすぎに注意が必要な食材のひとつと言われています。
銀杏に含まれる「メトキシピリドキシン」という成分によりビタミンB6の働きが抑えられ、まれに中毒症状が出ることがあると、医療サイドから報告されています。
どのくらいの量を食べたら症状が出るのかについては明確なデータは無いとのことですが、小児では数粒から百数十粒、大人では数十粒~数百粒と幅があり、特に小児では「メトキシピリドキシン」の分解能力が低いので注意が必要とのことです。
どうぞ食べ過ぎないようにご注意ください。

文責 武本匡弘 プロフィールはこちら  https://ecostorepapalagi.com/講師経歴/ ‎
2009年より山口県上関町に計画された中国電力「上関原発」の建設予定地の前の海で潜り記録を撮り続けながら、上関住民、祝島島民との交流を続けている。
2015年11月神奈川県葉山町から祝島までをヨットによる単独航海にて表敬訪問、約1か月で往復航海を達成する。
その際、他の仲間たちと共に山秋真さんも最後の2日間(弓削島~祝島)乗船した

山秋 真 (やまあき しん)
神奈川県出身.ノンフィクションライター。1992年から石川県珠洲市へ通いはじめる.1993年,日本大学芸術学部卒業。以降,原発計画にゆれる珠洲と,計画に関連する裁判の傍聴に通う。2003年の計画凍結後,社会学者の上野千鶴子氏の東大大学院ゼミへ通う(05-09年).現在は,上関町祝島へも通い,取材を続けている。
著書に『ためされた地方自治──原発の代理戦争にゆれた能登半島・珠洲市民の13年』(桂書房),同書で平和・協同ジャーナリスト基金荒井なみ子賞(2007年),松井やよりジャーナリスト賞(2008年)を受賞.「原発をつくらせない人びと――祝島から未来へ (岩波新書)
Facebook https://www.facebook.com/shin.yamaaki
ブログ「湘南ゆるガシ日和」 更新中

※山秋さんのご著書はエコストアパパラギ店頭でも販売中!
通販サイトからもご購入いただけます。
原発をつくらせない人びと――祝島から未来へ (岩波新書)
ためされた地方自治: 原発の代理戦争にゆれた能登半島・珠洲市民の13年

おまけ

原発を拒否した人たちの歴史はもちろん各地にある。
その時その地でどういう運動があったのか?それらの事実を知ることは大切だと思う。
現代の世界や日本が直面している問題のこれからの見通しを考えるにはその問題が歴史の中でどう形成されてきたのかを知るべきだし、現代をどう生きるべきか?という事を前人たちは教えてくれている…。